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前橋地方裁判所 昭和29年(行)3号 判決 1956年4月10日

原告 清水敏正

被告 群馬県知事

主文

被告が昭和二二年一〇月二日附をもつて別紙目録記載の農地につきなした買収処分の無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、原告は昭和一五年六月二〇日川崎勇より別紙目録記載の農地(以下単に本件農地と略称する。)を他の一筆の農地と共に買受けその所有者となつたが、当時右代金の支払に充てるため原告の長女フミエの夫である柳沢栄治から金五千円を借用したので、登記簿上その所有者名義を右柳沢にしておいたところ、被告は本件農地の登記簿上の所有者である右柳沢をもつてその所有者なりとし、且つ右が自作農創設特別措置法第三条第一項第一号に規定する所謂不在地主の小作地にあたるものとして、昭和二二年一〇月二日附をもつてこれが買収処分をなすに至つた。しかし前記のように本件農地の真実の所有者は原告であつて柳沢ではないから、被告がその所有者を誤認して単に登記簿上の所有者に過ぎない柳沢に対してなした前記買収処分は違法であつて、その瑕疵は重大であるから無効である。よつて右買収処分が無効であることの確認を求めるため本訴に及ぶ、と陳述しなお右買収当時、本件農地は原告が妻ヨネに無償で貸与し更に同人から吉原九郎治に一時賃貸して耕作させていたのであると附陳し、被告の抗弁に対し、原告が本件農地の買収計画若しくは買収処分に対して異議、訴願、出訴等の手続をしていないこと(尤も原告は右買収計画に対し一旦異議の申立をしたが後取り下げたものである)はこれを認めるが、その余の点は争う、と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、被告が本件農地につき登記簿上の所有名義人である柳沢栄治をその所有者なりとし、且つ右が自作農創設特別措置法第三条第一項第一号にあたるものとして昭和二二年一〇月二日附をもつて買収処分をしたことはこれを認めるが、その余の事実はすべて争う。本件農地の所有者は、名実ともに群馬県碓氷郡安中町居住の柳沢栄治であつて原告ではない。そして本件農地は右買収当時吉原九郎治が、賃借して耕作していたのであつて、まさに自作農創設特別措置法第三条第一項第一号に規定する不在地主の小作地にあたるものであるから、被告のなした本件農地の買収処分には何ら違法はない。仮りに柳沢は単なる登記簿上の所有名義人に過ぎずして、原告が本件農地の真の所有者であつたとしても、原告は本件農地が買収されることを知りながらその買収計画若しくは買収処分に対して異議、訴願、出訴等不服申立の手続をとつておらず、本訴提起に至るまで真実の所有者である旨を主張して自己の権利を保護することに努力した事実がないから、今更本訴をもつて本件買収処分の無効を主張することはできないものである、と陳述した。(立証省略)

理由

被告が本件農地につきその登記簿上の所有名義人である柳沢栄治を所有者なりとし且つそれが自作農創設特別措置法第三条第一項第一号に規定する所謂不在地主の小作地にあたるものとして昭和二二年一〇月二日附をもつて買収処分をなしたことは当事者間に争いがない。

ところで、成立に争いのない甲第二号証の一、証人柳沢栄治の証言によつて真正に成立したものと認める同第二号証の二、三、及び同証人の証言ならびに原告本人訊問の結果によると、本件農地、及び高崎市飯塚町字大道東一〇〇四番畑三畝一二歩の農地はいずれも昭和一五年六月二〇日川崎勇から柳沢栄治に売買によつてその所有権の譲渡があつたものとしてその日附で柳沢のために所有権取得の登記がなされているけれども(本件農地の登記簿上の所有名義人が柳沢栄治であることについては当事者間に争いがない)、実際は、右日時に原告が右川崎からこの二筆の農地を買受け、その所有権を取得したものであつて、たゞ当時原告においては川崎に対する右買受代金の全部を支払うだけの資金がなかつたので、内金五千円を自己の女婿である右柳沢より借り受け代金の支払を完了した関係から、原告と柳沢との間において、その借入金の返済を確保する目的で、といつても、法律上その所有権を柳沢に属せしめるというのではなく、その返済があるまで単に登記簿上の所有名義を柳沢としておき返済が完了次第原告に名義を書替えるということで事実上右の目的を達せしめる約旨の下に柳沢から原告に対しその趣旨の覚書(甲第二号証の三)を差入れる一方売主の川崎にもその事情を話して諒解して貰つた上便宜売渡証書の宛名を柳沢と記載し、そうすることによつて登記簿上も柳沢が所有権を取得したように手続して前記のとおり登記を経由したものであつて、真の買主でその所有権を取得したのは原告であつたばかりでなく原告はその後同年末から昭和一七年五月一五日までの間に柳沢に対し右借入金の元利金全部を完済したこと、ところが戦時戦後における社会情勢の混乱にわざわいされてそのまま名義書替をなさずにいるうち本件農地に対する買収計画が樹立され、これに基いて本件買収処分が行われたものであることを認めることができ、この認定を覆えするに足りる証拠はない。したがつて右買収当時における本件農地の真の所有者は右柳沢ではなくして原告であつたのであるから被告が単に登記簿上の所有名義人に過ぎない柳沢をもつて直実の所有者なりとしてなした本件農地の買収処分は買収当時における所有者を誤つたものとして違法であることを免れない。

被告は本件農地の真の所有者が原告であつたとしても、原告は本件農地の買収されることを知り乍らその買収計画若しくは買収処分に対して、異議、訴願、出訴等何ら不服申立の方法をとつていないので、今更本件買収処分の無効確認を求めることはできないと主張するので以下この点について検討する。原告が本件農地の買収計画若しくは買収処分に対し異議、訴願、出訴等不服申立手続をしなかつたことは当事者間に争いがないので(尤も原告としては本件農地の買収計画に対し所轄農地委員会に一旦異議の申立をしたが後、取下げたので結局異議申立がなかつたことになつたというのであるがこの点は暫く措く)、特段の事情のない限り原告はもはや本訴において前叙のような事由に基づいて本件買収処分の違法を主張することを得ないものと言わなければならない。ところが、成立に争いのない甲第六号証及び原告本人訊問の結果により真正に成立したものと認める同第八号証の一に証人深町八三郎、同増田孝司、同植原寅吉の各証言、ならびに原告本人訊問の結果を綜合し、なお本件口頭弁論の全趣旨をも併せ考えると、原告は本件農地につき買収計画が樹立された当時その事実を知り、右計画を樹立した高崎市塚沢地区農地委員会に対し自己が真実の所有者であることを主張して一旦右計画に対する異議を申立てたのであるが、同委員会ではその申立に基づいて調査の結果本件農地の真の所有者が柳沢でなく原告であることを確認したのにも拘らず、当時同委員会の副委員長であつた増田孝司が右委員会の意向として原告に対し、「県の方からやかましく言つて来ているのでとに角形式的に一応買収はするが、売渡の際には必ず原告に売渡すから買収することについては納得してくれ。」と話して異議申立の取下を勧告しそのために、原告は農地買収に関する手続法規に通じていなかつたこともあつて、結局右異議の申立を取り下げその結果右買収計画にもとずき本件買収処分がなされるに至つたことそして原告はやがては自己に売渡のあることを期待したため本件買収処分に対しても敢えて不服申立の方法をとらなかつたことを認めることができ右認定を覆すべき証拠はない。そうだとすると原告は、結果から見ると、本件農地の買収について何等不服申立の方法をとらなかつたことになるが、それは右認定したところによつて明らかな如く、地元農地委員会が本件農地について、それが原告の所有であることを熟知確認しながら敢てその買収計画を維持せんとし(現に前顕各証拠によれば、原告が本件農地と共に川崎勇より買受け所有していた前記畑三畝一二歩の農地については、本件農地に隣接しかつ耕作の事情も同じであるのに拘らず同委員会はこれに対しては買収計画を樹立せずしたがつて買収処分もなされていないことが認められる。)一旦なされた原告の異議申立の取下を勧告してこれを取り下げさせるなど不当に右買収計画に対する救済方法を制限したばかりでなく、その勧告の趣旨がひいて法規に暗い原告をして本件買収処分に対する不服申立のための出訴をも躊躇せしめ、結局本件買収処分そのものに対する不服の方法をもとらしめなかつたことに由来するものであり、不服の申立をしなかつたことにつきこうした特別の事情があつたのであつて、斯る特別の事情の存する限り、原告はなお本訴において前記の事由に基づいて本件買収処分の違法を主張することができるものと解するのを相当とする。そしてその違法は既に認定したとおり本件農地の所有者を誤つたものであつてその瑕疵は重大であるから、本件買収処分は爾余の判断をするまでもなく当然無効であると言わなければならない。よつて本件農地につき被告のなした買収処分の無効であることの確認を求める原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川喜多正時 細井淳三 石田康一)

(目録省略)

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